2016年12月27日火曜日

0917~ゼロキューイチナナ~





12星座イチ癒しの星座、薬箱のような存在と言われる乙女座の生まれ。




器用で職人気質、そのクセ審美眼があって物事の本質を見抜くことに長けてる、

なーんて占いの本に書いてあったっけ。



なんだか難しいヒトのように思われがちな星座だけれど、乙女座だから、やっぱりファンタジーが好きなのです!



難しくなくていい!皆んなが笑ってくれたらいいなぁ。



皆んなが集まって、私が選んだ服達を着たお客さんがキラキラとした表情に変わる瞬間を見届けることが人生最大の喜びだと思っております、わたくしnamo.の店主モリエルです!




今日も元気に出勤です。


どんな人が、どの子達(服たち)を手にとってくれるんだろう。
今日も大発見の旅に出るよー!
みんなおはよーう!



矢場町の交差点を歩くやいなや、周りの人が次々とモリエルに声を掛けていく。



たまたま私を見た、というお客さんが言うには、

私が歩く姿は、

「フワフワとしていて、たまに、笹の葉なんてアイテムをもってるから見つけやすい!魔法使いっぽいなーと感じるのは、モリエルちゃんしかいないから、わかりやすい!」

のだそうだ。



見つけてくれるヒトが、何処かにいてくれたんだぁ。嬉しいなぁ。
見守ってくれる人がいるんだなぁ、私はひとりじゃないんだなぁ。
ふわぁー、がんばろーう!



ジンジャーラテでも飲んだように、ココロがポカポカするその温度を携えたまま、

モリエルは雑居ビルの3階の店舗に入っていった。



色とりどり、カタチの変わった服。


「どの子たちも、自分が選んだものだから、誰に嫁に出しても恥ずかしくないー」


といいつつ、服に情が移って、愛着が湧き、いつしか自分が着てしまっていることもある。


まいっかー!大好きだもん!



モリエルはその日の自分に合う”衣装”を選ぶのが大の得意。


今日もモリエルは、namo.に一歩踏み入れてくれた仲間たちを幸せにするべく、せっせとハンガーをとっては仲間のデコルテ辺りにあてていく。


そう、そっと魔法をかけるように。





”おばあちゃんになってもnamo.を続けていきたい”




そう、いつか書いた金色の短冊がそっと傍らで、魔法のかかる瞬間を見届けているようだった。



0506~ゼロゴーゼロロク~




「ユナ、おともだちと仲良くなりたい!」



「じゃあ、たくさん遊ぼうって言って友達と仲良くなったらいいよ。きっとユナちゃんと仲良くなりたいな、って思っている子はたくさんいるよ。そのためには、なかよくなりたい子の良いところをたっくさん見つけて褒めてあげるといいね。ユナも、ママから可愛いねって言われたら”ありがとう”って言うでしょ?そんな調子でね、ありがとうの言葉から仲良くなることがいっぱいあるよ。
ユナ、笑って!スマイル忘れちゃだめよ。」



仲良くなりたいな、


なりたいだけなのに、またママに怒られちゃった。



ママは丁寧に教えてくれるけれど、それが出来ないから困るんだ。



困るから、話したいのに。



友達と仲良くなりたいという、ココロからの願いをママに話している間、ユナはよく”ふくれ顔”をしてしまう。



遊びたいー(ふくれ顔)


セイナちゃんとゲームしたいー(ふくれ顔)


ママとお出かけしたいー(ふくれ顔)



いっつも、いじけちゃって本当のことはそのままママに伝わらないけど、本当に、本当に、みんなと仲良くなりたいんだっ。



ユナの愛情はとってもとっても大きく温かい。みんな良くわかってくれているけれど、ユナの困り顔、ふくれた顔に釣られて、大人達もふくれてしまう。



ありがとう、の言葉はユナの口から出るのだが、どうも表情が伴わないことがある。



ユナは、とっても温かいハートの持ち主、でもストレートに伝わらない。



不器用で愛らしい子なのだ。



ついこの間もママを突き飛ばしてしまった。



あれ、ママが何処かいっちゃった。



一緒にいっぱい遊ぶ約束したのに。



さみしいな、ユナを置いていくなんて。




ひどいよ、かまってよ、手を離さないでよ、大好きなママ行かないで!




ユナはママ目掛けて一直線に走り、見つけたついでに、



”ユナが迎えにきたよ”



と、無言のまま、両手でチカラいっぱいにママの太ももを突いた。



そしたら、思わぬことにママは、その場に崩れるように転んでしまったのだ。



ついつい、またユナはふくれ顔をしてしまった。



本当はかまって欲しかったんだ。



ユナの愛情はどこまでも大きい。



それは大好きなママを突き飛ばしてしまうほどの強力なものだ。



「そろそろ帰ろっか、ユナ」



「ママ、ごめんね。…ありがとう。」



まずは、ママに優しい自分であるところから始めて、それからお友達と仲良くしようと決心した、ユナなのでした。






2016年12月26日月曜日

0625~ゼロロクニーゴー~



梅雨時に起こす事故は、時が経っても、また雨が降れば古傷が疼くのだ。
と誰かが教えてくれたことがある。



6月とは言え、雨が降れば、その肌に冷たさが感じられる、そんな季節だ。梅雨時というのは。



傷というのは自分が忘れたつもりでも、身体が覚えているらしい。



切ないけれど、どこか滑稽にも感じられる事実に気づき、自嘲気味な自分をなかったことにしようと、タクシーを止めるために手を挙げた。




いくらタクシーを止めるのに、1分以内とはいえ、傘を持たなければ、空から容赦なく降り続ける雨を拒まずにジャケットが重たくぬるい温度を帯びていくことは、わかりきっていた。



でも、一刻も早くタクシーに乗らなくては。



ココロではなく身体が答えをだしていることに、多少の苛立ちを感じていた。




どういうことか、消えるようにして入ったタクシーの中のあたしときたら、後部座席から身をのりだして、おぼつかない手を使い、あっちです、こっちです、なんて指図していた。




何処に行くかはきっと”身体”が覚えている。



いっそのこと本能のままに、任せてみよう。そう、腹をくくったが、もう一人の自分が冷静にこの状況を顧みていて



”誰でもいいけどさぁ、じゃあ、教えてほしいけど、今のあたしの頬にかかる水滴は拭いきれなかった雨なのか、涙なのかどっちなの?”



なんて、もう一人の自分とお喋りをしていた。



そこへタクシーの運転手が落ち着いた様子で話しかけてきた。



車内は前に乗った人の残り香なのか、煙草の匂いがした。




「先程から、お急ぎのようですけれども、病院か何かですか?具合が本当は悪いとか。」



「いえ、そんなんじゃなくて。」


ついつい話しぶりが荒くなる。
だって自分も分からないのだ、何処に行きたいのかなんて。




「では、どなたか身内の方の御見舞いとかですか」



やっぱりこの運転手は分かってないなぁ。と苛立ちを隠せなかった。



「どっちだっていいでしょう、理由は何であってもいいじゃない!」




声の大きさに驚き、これ以上運転手が声をかけることはなかった。



着いたのは、元彼の住むマンションだった。身体が覚えていたことに、自分でも驚き、呆れた。



あんなに好きだったのに、こっちから振ってやった彼。



そのマンションの前にいる。





古傷が疼く、か。





土砂降りの雨の中、頬の水滴を拭い、その足はエレベーターへと向かっていった。





1209~イチニーゼロキュー~




あったかくて、美しいものをずっと探してた。



小さい頃からモノを創ることが好きで好きで仕方なかったけれど、夢中になって創ろうとするほど、オトナたちは、私の行動を危なっかしいなと思うような目で見てきた。




その視線は突き刺さることもあった。

どうしてほっといてくれないんだろう。

マイワールドは、文字の通り”自分の世界”。

誰も入れないはずの世界。



なのに、大人達は、

”ジェンガに夢中になっていて、グラグラと木目の積み木が揺れて、いつかそれがガラガラと音を立てて崩れていくさまを笑えずに、ついにはガッカリする子供の顔を見たくないんだよ。”

と言わんばかりに心配してきた。



モノづくりの世界は甘くはない。



マイワールドを差し出して受け取ってくれるような、現世なのだろうか。




上手く行かなくなったとき、あんなにキラキラしていた、貴女の顔が曇るのはごめんだわ、と、うちの親も心配していた。

家族ってこういうものだよな、ありがたいかもだけど、と、余計な心配は(身内であれど)丁重に断ってきた。



でも、心配性な親でさえ、ちょくちょく言う言葉があった。


「手に職をつけなさい。きっと人のお役に立つことがある」


という言葉。


応援しているのか反対しているのかわからなかったけれど、きっと、私の事を信じてくれているから言ってくれたのだろう。



高校を出て、世界が広がる感覚はあったけれど、選択肢が多くなる程、この手に持つべきものはなんだろう、この右手に合う道具は何だろう、とミナコは迷った。



普段は何かを決めることに時間を要さないミナコが初めて、決めきれずに燻りを感じた瞬間だった。



もうわからないや、と天を仰いだその時にふと、自然光にさらされて、柔らかな色を放つガラスが目に入った。



なんだかキラキラしている、触れたら暖かそう、でも壊れたりしないだろうか、冬の光が入らぬ時に思わぬ表情を見せそうだ、繊細だなぁ、


まるで”人間”みたいだ。


そう思った。



時が経ち、今、その自分の分身を大切な仲間を囲うようにして飾っている自分がいる。



そうだ、私も、柔らかな色彩のガラスも全部、”私”なんだ。ふははっ、と、いつしか笑っている自分がいた。

1219~イチニーイチキュー~




景色が見たかった。



何が見たいの?どういうことがしたいの?


そう言われることも多かったけれど、なんとも言うことができなかった。


何故なら、雑誌にも載っていない、絵に描くこともできない、前例がないことをあたしはやりたかったんだ。



コーヒーをひくのは、かっちゃんの役目。


丸メガネから見えている湯気の向こうにでも、あたしが見たい景色が見えたらいいのに。
いいのにー!!と、半ばヤケクソでデリの仕込みに取り掛かる、わたくし、yuccoでございます。


ギャロが脚にまとわりついてくる。

ヴィンスは冷静だなぁ。

yuccoとかっちゃんを俯瞰で見ながら付かず離れずの距離感。

kediの唯一の良心、ヴィンス。

レイは…あれなにやってんだ?(笑)

2人の緊張感が伝わったのか、ひたすら、木目の床を引っ掻いている。

困ったもんだ。



愛猫たちを横目に、来たる日へひらすらデリを用意していた。



メイデー メイデー!

エビバデ メイデー!

イチニーイチキュー!


高鳴る想いだけ持ったまま、くすぶらせたままに、沢山のデリと抱えきれず溢れて(こぼれて)しまいそうな想いを車に詰め込んで、馴染みのkediを出た。



あたし達2人だけでは出来ないから、色んな人に達に寄り集まってもらった。



時間をかけて、人と付き合ってくのも、悪くないなぁ。


何でも、勉強だなぁ。
忍耐や、折衝や、色んな場面にココロを差し出し、たまには砕いてきた。




「のうのうと生きてる奴らが居るほうが、可笑しいんだわぁぁぁい!」



とアーティストサロンで叫んでしまったのが、今にして見たら、この景色をみるための気合い入れでもあり、火蓋が切られた合図だったのかもしれない。



その先にある”景色”を


あたしが見たい”景色”を見たいんだ。


そこには、絶対、時間を共にしてくれた仲間がいて欲しい。


温かく淡いステンドグラスの光、木目のアンティークに囲まれた空間に、かっちゃんの淹れるコーヒー。



でも、最後にはきっと、皆んなの笑顔と笑い声が聴けたら、あたしの景色は完成する。



ギャロ、ヴィンス、レイ、


おかーさん、がんばるよ。

8639~ハチロクサンキュー~



あなたが”本当の友達”と言える人数は何人ですか?


この回答が近年実にシビアらしい。


ネットサーフィンしてみたけれど、0人という回答を持つページしか見当たらなくて、思わずガッカリしてしまう。


辛い時に頼れるのが本当の友達なんだろうか。

情けない表情をさらす事が出来たら、その目の前にいる人が”本当の友達”だと認めざるを得ないのだろうか。



ていうか、そもそも友達って、なんだ?



一台の車が運ぶ縁をみんなは信じるだろうか。



その車内で結ばれた縁が実に8年間も続いていること、誰か信じてくれるだろうか。



本当の友達かぁー、っと年末になると、少々回顧的になるのは、私だけでは無いはずだ。


整理整頓という名の元に手を動かせば、古いアルバムや、部活で貰った寄せ書きの色紙にブチあたって、ついつい読みこんでしまう。


写真を見れば見る程、背景が似通っていることに気づく。



確かに時は経っているのだ。

なのに、写真の背景がかわらない。




高校1年生でスキー部に入って、色んなゲレンデに行って滑ってきたから、雪景色がそんなに変わらないとしても、少しくらいは差異があるはずだ。



全国、津々浦々、どのスキー場に行くにも、大型バンで行っていたため、毎年記念写真を撮る時にはそのバンが片隅に必ず写っていた。


(余談だけれど、この車で色んなパーキングエリアに寄っては、メロンパンだの出来たてコロッケだの買って、皆で分けて食べたの、マジで美味しかった。楽しすぎて、何回か、食べかすを落としたことは、運転手には内緒。)



もとい、部活ではありったけの失敗をしてきた。
ゲレンデで派手に転ぶ、といったわかりやすい転倒から、人間関係の拗れ(こじれ)といった解りづらいものまで。


失敗、というものに出会っては、この車に持ち込んで反省してみたり、たまに泣いては、部活の同期に励まされてきた。


当時の運転手は、部活の顧問である今井先生。
今は先生も還暦を過ぎて引退され、この車の所有者は今井先生の息子さんである。


そして、今、私は同期である今井先生の息子と、そしてその他の同期2人と、昔と同じバンでまた雪山を目指している。



想い出の車には、別名がある。



ハローサンキュー号。



仲間と乗るには、なんて語呂のいい車なんだろう。




2016年12月24日土曜日

0109~ゼロイチゼロキュー~

空気が読めちゃって、すみません!


人に笑って欲しいから、ついつい自分の心を置いていって、合わせてしまう。



「エリ、それ、マジで初対面の空気感ゼロにする能力ハンパねぇ!」

とついこないだも男子に言われて、びっくりした。



人から言われて気づくこともあるみたい。


別に、自分のことそっちのけにして笑かそうなんて芸人みたいな事はしているつもりはない。

自分が喋ってると、結果的に、ワイガヤしてる空気感になるから、自分としては納得しているけれども、他人にしてみれば無理している様に見えることもあるんだって。



言われて気づく。本当にびっくりする。



あたしは空気読めるような人に思えているみたいだけど、他の人はあたしのココロを読んでいる。



怖いんですけどー!!



ヒト、信じられないです、怖いんですけどー!!


と、今日も、笑いを酒の肴にして気づけば、アンティークの椅子に深く、身体を沈ませて、喫茶店なのに焼酎を嗜んでいるエリ。ワイガヤしているいつものメンバーを横目に、グフフと笑いながら飲み続けるエリ。



空気が読めても、距離が上手く計れないのが悩みで、ついこないだも足の小指を壁に打ち付けちゃって…って、その距離感じゃないか。



物理的距離感は、流石にわかりますよ、そりゃ、失礼な。



もとい、人間関係の距離感が自分の中では上手く計れない気がしている。
というのか、バランスがとれない。



すっごく話したいと思うと、感情が高ぶってしまって、ついつい目の前にいる人が今日つい先程出逢ったばかりのヒトであることを忘れて、話すより先に抱きつきたいし、心よりモーションが先走ってしまって誤解を生みかねない。



馴れ馴れしい、という印象を残してしまって、勝手に嫌われることが過去にあって、最近特に距離感を計ることにナーバスになっている。



好きなだけじゃあ、駄目なんだなぁー。



遠い目をしてはみるけれども、やっぱり、ワイガヤする空気に持っていく自分がいる。



(距離感ムズカシイ、日本語ムズカシイ)



反省はしてみても、何だかんだ不器用な自分も好きだ。



空気読んでも、距離感計れません。



その滑稽さすら笑ってくれたら、あたしは元気になれる。



1111~イチイチイチイチ~



有無を言わさない絶対的幸福感を帯びた日にあたしは生まれた。

あたしの名前はトモミ。


小さい頃から劣等感を感じることは少なかった。有難いことに、両親は結構歳を重ねてからあたしを産んでいて、そのためか、一挙一動に驚き、賞賛の声をあげてくれる一番のサポーターで居てくれた。


その両親の元に育ったこともあってか、自分がどのような発言をして表情を見せたら両親が喜んでくれるか分かっていた。


受けた愛情は、表情に替えてプレゼントする。


今も変わっていないのかもしれない。


人と比べる、なんてことが煙たい事だと知ったのはつい最近のこと。
今から思えば、恥ずかしいけれどきっと、あれが若さであり(幼い状態であり)無知な事だったのだと思う。


あたしは20代の時に、やたらと人に勝ちたかったのだ。


何でもいい。
あたしがより輝く場所へ、より笑える場所へ。


自分がどのステージに立っていればいいのか自然と選びとるクセは、幼いころから変わってはいないし、きっと今も変わらず自身が”幸福”であることを選びとっている。


けれど、人は自然発火するように出来てはいなくて、周りから照らされているからそのステージに立っていられるんだということに気がついた。


トモミちゃん、トモちゃん。

色んな呼ばれ方をしたけれど、どれも愛着があって好きだった。


1が4つ並ぶ数字には、世のために生きる覚悟のある人だけが纏えるオーラがあって、この時刻に産まれた事実が本当に好きだ。


1番、一等賞、一番手。
どれも抜きん出ていることに、密かに誇りを持っていた。



でも他人は時にそれを責めた。
自分一人が輝くことで、光を分け与えることを目標としていたはずなのに、他人は時としてあたしを妬み、あからさまに拒むものもいた。


自分は自分、他人は他人、と割り切るは余りにも辛すぎる日もあった。


だって、あたしが信じた友達だもの。
折角なら、一緒にステージに上がってほしい。


トモミはテレビを見るたびに、あるいは駐車場の精算パネルの時刻に見るたびに、自分の生き方を重ねる。



イチイチイチイチ



このゾロ目に生まれたあたしには、他人を幸せにする覚悟があるんだ。

0115~ゼロイチイチゴ―~


小さい頃に誰にでもあだ名っていうのはあるもんだ。

私は、ゆかちゃんとか、ゆかっぺって、小さい頃は言われたっけ。

下の名前を取ることが一般的には多いだろう。

ところがどういうことか、私の場合には、イチゴちゃんと呼ばれることもあった。
ごく一部の人間(身内)が、そう、呼ぶことが多かった。

父親にしてみたら、本当に私のことが可愛くて仕方なかっただろう。
厳しくて、女の子には、”女の子”でいて欲しくて、古風な考え方だったけれど、それども不器用な父の姿は好きだった。



不器用な父が可愛く思える時もあった。


女の子にイチゴ、かぁ。なんてファンタジーな呼ばれ方をしたもんだと思った。



無論イチゴ柄の洋服なんて着たことはなくて、ただただ憧れはあった。
それにバスケットなんか持ってピクニックにも行きたかったな。
少女マンガの世界。



でも、私はその担当ではないことを高校生の時にハッキリと自覚した。
じっとしてられないのだ。この性分は仕方がない。



今はどういう訳か”女の子”特有のものに収まる気はさらさらなくて、明音(メイネ)にその担当は任せている。彼女には私の知らない世界を、ファンタジーをもっと見てほしいなぁ、と思っている。


今の子たちの時代は、もっと、きっと、私たちが見てきた光よりか、眩しすぎる程に鮮明であるはずだから。
今は今の良さをメイネには体験してほしいな、なんて。


ボンヤリと外を眺める時間を久しぶりに持ったなぁ、いつぶりくらいだろうか。


これがロハスの駆け出しというものなのかしら。しかし、次の1時間には私の右手には(あるいは両手には)球体のものを持っている。
いつになっても、じっとしてられない。

ボールは便利なツールだ、だから大好き。必ず受け取ってくれる。必ず返してくれる。

たまにボールの向こうに見える、彼らの笑顔がご褒美だ。


私が笑っていられるうちに、どんどんボールを投げてやるんだから。



しっかり受け取ってよね。



「みんな、いくよ!」

2016年11月9日水曜日

”2980” ニーキューハチゼロ

ネコが好きだ。


僕の名前はどう呼んでもらっても構わない。



数ある丸メガネを選定するのは僕の朝の日課だ。僕と会う人は(妻でさえ), 「どの丸メガネも、同じに見える」と言うが、僕の拘りは細部に宿るとも言っておこう。

一つ丸型とはいえ、細形、べっ甲、はたまたガラスフレームまであるのだから、キリがない。


それでも、丸型の選定に拘る。
その様(さま)は、そうだな、コーヒーを淹れるように。
一つコーヒーを挽くにもコツが要る。



さぁ、丸メガネをはめて窓越しに天を仰いで、準備万端だ!…



とはいえ今日は雨だなぁ、昨日の様な挽き方じゃあ、きっと、今日の僕が許せない。階段を降りて今日の準備を、と、湿気を含んだ空気に柔らかく包まれた喫茶店の中、一つ、愛猫が「にぃー」と少々荒めに僕を迎えてくれた。
と、同時に、先に支度を終えた妻が、コポコポと音を立てるケトルをじーっと見ている姿が眼に入った。



”おはよう”
のつもりで、僕は、よっ、と左手を挙げると、その勢いで手を下に降ろし、膝を打ってみせた。



「はい、今日も始まりました、あんたは毎日が舞台かや!って、今日はどの演目をやるつもり?」

と返した。



そう、先ほどの動作は、まるで落語の合の手、それも話の緩急をつけ、ここぞというとき(耳をそばだてて欲しい瞬間)に、行なう動作だ。



更に言うなれば、膝を打つ前は余興であって、僕の中ではまだ”本番”ではない。

おっと、また拘り発言をしてしまった。



人に会う時には僕は”温厚な丸メガネさん”、それだけで良かろうが。しまったしまった。



もとい、僕の中では、あの閉じた扇をパンッと振り下ろす時が正念場で、まるでスイッチが入った音の様に聞こえる。



僕の中のやる気スイッチを入れてくれる小道具が二つ(丸メガネと扇)もあるなんて、なんという幸せ
だろうか。



どこぞの時代から来た猫型ロボットは、四次元ポケットを持っていて、どの時代をも行き来できるドアを出してきたり、なんだか知らぬサーチライトを出してきて、あっという間に短くも濃いドラマを僕たちに見せて勝手に互いに幸せな気分になっていた。


そうか、そうすると、僕には四次元ポケットはないが、着物の袂(たもと)という限られたスペースから、お気に入りの丸メガネと扇を出すことは出来る。
そして、それはいつも、僕を一人にはしてくれず、周りの見知らぬ人を勝手に巻き込み、僕の落語(ドラマ)に付き合ってくれて、笑ってくれたりしたものだ。



そうか、丸メガネと扇は僕を一人にしてくれないのか、困ったやつだな、愛くるしいなぁ。




…ふと、我に返って、手元を見ると、手に持っていたのは扇ではなく、愛猫だった。
無我夢中で、愛猫をワシャワシャしていた。まるで犬を扱うような手つきをしたせいか、愛猫は”この人、今日は何だかおかしいわよ”という目線を僕に送っていた。



愛猫は終始、しれっとしていた。
けれど、嫌がってもいないようだった。



時計の針も随分と進んで、危うく、朝のコーヒー一杯!なんて時間も奪われかけた。
僕は、コーヒーだけでなく落語も出前に出すのだ、今日は都心だ、やけに落ち着かないな、しかし、話の”落ち(オチ)”はつかねば、落語じゃああるまい。



しまった、しまった、細かい拘りは(略)



はい、では、今日も誰が待つかわからぬ小部屋にいってきまーす。っと。



下駄をはいた僕に妻がポツリと言う。
(僕は今日はエプロン姿はお休み。出前落語には、着物だ!下駄だ!えーと、拘りは(略))




「やっぱり雨のせいとか、そういうことじゃなくて、あんた、今日動き可笑しいけど、落語してたらそのうち、いつもの調子が出てくるんじゃない?あんたが行けば、どんな小部屋だって、誰かは居てくれて笑ってくれるんだから、あんたもいつもの調子で笑っててくれないとね。お客さんに申し訳ないでしょ?可笑しいなら、とことん可笑しいあんたでいいよ。もう行きな、時間だよ。」



妻がポツリ、という割に長めで、朝から”正しい話”をしながら、近所のおじさんから譲り受けた、アンティークの黒い丸時計を二回指差して言った。



「古臭いことやってると思われる時代は終わったよ、あたしよりか、もっと面白がってくれる人たちのとこ行きな、はよ。」



やはり 妻には敵わない。
説教に見せかけた応援を受けて、僕はドアノブに手をかけた。



いつかどこかで聞いた。
夢の扉の話。



夢へ続く扉は、いつか突然にバーンと大きな音を立てて開かれるというけれど、
僕の夢へ続く扉が開かれる音は、もっとそれよりか、きっとずっと小さい。



扇をパシンと手元で打つあの音。
それだ、それが僕にはちょうどいい。



僕のやる気スイッチであり、僕の夢へ続く扉の開く音だ。



パシン、と、音を遠慮なく立てられる小部屋に、
さぁいこうか。



仲間たち はじめまして。
もう少しだ 待っててくれ。



「ごめん、ボーッとしてたらいけんね。いってきまーす。」


今日も僕は夢の扉が少しばかり開いた音を聴きにいく。


自らの手で目で、五感で、夢へ続く扉を少しずつ開けるのだ。




”2980” ニーキューハチゼロ

ネコが好きだ。


僕の名前はどう呼んでもらっても構わない。



数ある丸メガネを選定するのは僕の朝の日課だ。僕と会う人は(妻でさえ), 「どの丸メガネも、同じに見える」と言うが、僕の拘りは細部に宿るとも言っておこう。

一つ丸型とはいえ、細形、べっ甲、はたまたガラスフレームまであるのだから、キリがない。


それでも、丸型の選定に拘る。
その様(さま)は、そうだな、コーヒーを淹れるように。
一つコーヒーを挽くにもコツが要る。



さぁ、丸メガネをはめて窓越しに天を仰いで、準備万端だ!…



とはいえ今日は雨だなぁ、昨日の様な挽き方じゃあ、きっと、今日の僕が許せない。階段を降りて今日の準備を、と、湿気を含んだ空気に柔らかく包まれた喫茶店の中、一つ、愛猫が「にぃー」と少々荒めに僕を迎えてくれた。
と、同時に、先に支度を終えた妻が、コポコポと音を立てるケトルをじーっと見ている姿が眼に入った。



”おはよう”
のつもりで、僕は、よっ、と左手を挙げると、その勢いで手を下に降ろし、膝を打ってみせた。



「はい、今日も始まりました、あんたは毎日が舞台かや!って、今日はどの演目をやるつもり?」

と返した。



そう、先ほどの動作は、まるで落語の合の手、それも話の緩急をつけ、ここぞというとき(耳をそばだてて欲しい瞬間)に、行なう動作だ。



更に言うなれば、膝を打つ前は余興であって、僕の中ではまだ”本番”ではない。

おっと、また拘り発言をしてしまった。



人に会う時には僕は”温厚な丸メガネさん”、それだけで良かろうが。しまったしまった。



もとい、僕の中では、あの閉じた扇をパンッと振り下ろす時が正念場で、まるでスイッチが入った音の様に聞こえる。



僕の中のやる気スイッチを入れてくれる小道具が二つ(丸メガネと扇)もあるなんて、なんという幸せ
だろうか。



どこぞの時代から来た猫型ロボットは、四次元ポケットを持っていて、どの時代をも行き来できるドアを出してきたり、なんだか知らぬサーチライトを出してきて、あっという間に短くも濃いドラマを僕たちに見せて勝手に互いに幸せな気分になっていた。


そうか、そうすると、僕には四次元ポケットはないが、着物の袂(たもと)という限られたスペースから、お気に入りの丸メガネと扇を出すことは出来る。
そして、それはいつも、僕を一人にはしてくれず、周りの見知らぬ人を勝手に巻き込み、僕の落語(ドラマ)に付き合ってくれて、笑ってくれたりしたものだ。



そうか、丸メガネと扇は僕を一人にしてくれないのか、困ったやつだな、愛くるしいなぁ。




…ふと、我に返って、手元を見ると、手に持っていたのは扇ではなく、愛猫だった。
無我夢中で、愛猫をワシャワシャしていた。まるで犬を扱うような手つきをしたせいか、愛猫は”この人、今日は何だかおかしいわよ”という目線を僕に送っていた。



愛猫は終始、しれっとしていた。
けれど、嫌がってもいないようだった。



時計の針も随分と進んで、危うく、朝のコーヒー一杯!なんて時間も奪われかけた。
僕は、コーヒーだけでなく落語も出前に出すのだ、今日は都心だ、やけに落ち着かないな、しかし、話の”落ち(オチ)”はつかねば、落語じゃああるまい。



しまった、しまった、細かい拘りは(略)



はい、では、今日も誰が待つかわからぬ小部屋にいってきまーす。っと。



下駄をはいた僕に妻がポツリと言う。
(僕は今日はエプロン姿はお休み。出前落語には、着物だ!下駄だ!えーと、拘りは(略))




「やっぱり雨のせいとか、そういうことじゃなくて、あんた、今日動き可笑しいけど、落語してたらそのうち、いつもの調子が出てくるんじゃない?あんたが行けば、どんな小部屋だって、誰かは居てくれて笑ってくれるんだから、あんたもいつもの調子で笑っててくれないとね。お客さんに申し訳ないでしょ?可笑しいなら、とことん可笑しいあんたでいいよ。もう行きな、時間だよ。」



妻がポツリ、という割に長めで、朝から”正しい話”をしながら、近所のおじさんから譲り受けた、アンティークの黒い丸時計を二回指差して言った。



「古臭いことやってると思われる時代は終わったよ、あたしよりか、もっと面白がってくれる人たちのとこ行きな、はよ。」



やはり 妻には敵わない。
説教に見せかけた応援を受けて、僕はドアノブに手をかけた。



いつかどこかで聞いた。
夢の扉の話。



夢へ続く扉は、いつか突然にバーンと大きな音を立てて開かれるというけれど、
僕の夢へ続く扉が開かれる音は、もっとそれよりか、きっとずっと小さい。



扇をパシンと手元で打つあの音。
それだ、それが僕にはちょうどいい。



僕のやる気スイッチであり、僕の夢へ続く扉の開く音だ。



パシン、と、音を遠慮なく立てられる小部屋に、
さぁいこうか。



仲間たち はじめまして。
もう少しだ 待っててくれ。



「ごめん、ボーッとしてたらいけんね。いってきまーす。」


今日も僕は夢の扉が少しばかり開いた音を聴きにいく。


自らの手で目で、五感で、夢へ続く扉を少しずつ開けるのだ。




2016年7月31日日曜日

”0830”~ゼロハチサンゼロ~

「カズさん、聞いて聞いて!あのね、やっと、カズさんのいない時に”ぱぱぁ”って言ったの!凄くない?」



疎ら(まばら)に並べられたスリッパをどうぞどうぞと言わんばかりに、両手を広げ、履かせようとし、早くリビングまで来るよう、俺を誘導した。



仕事から帰るなり、上司からの叱責を珍しく受けて撃沈する俺をよそに、意気揚々と話しかけてるが、どうやら、その、”ぱぱぁ、と、やっと言った記念日”というのか、それが、俺が居ない時に限ってその瞬間を迎えていたらしい。



人間の踏み出す一歩というのか、奇跡の瞬間というのか、
子供の成長の瞬間を見逃しているばかりでなく、
”ぱぱぁ”と言って指を指したその方向を見ると、それは俺の写真ではなく、アヤが記念にと録画しておいた、唯一のバラエティ番組で、笑っていいとも!最終回の鶴瓶師匠の姿であったことを聞かされ、思わず苦笑いをした。



ちなみにアヤの事は奥さんと呼んだことはないし、俺の名前だって和宏というが、旦那さんやパパとも言わず、子供が産まれてもなお、俺を”カズさん”と呼んでいる。



アヤ曰く

「新鮮さだって、コミュニケーションとか呼び名で何とでもなるし、鮮度も保たれる。なんと画期的!チルド式夫婦生活!」

なんだそうだ。



アヤが可笑しいのか、夫婦共々おかしいのか、さて、どちらだろう。




前までバリキャリやってた人間が、”パパ”という言葉を発すること自体が既に、子供が成長するかの如くの、人間の成長なのかなぁ、とも和宏はぼんやり、天井を見つめた。



するとアヤは 突然、



「バリキャリやってた人間はですね、今度はスーパーウーマンになるんです!ご覧ください、このサラダ!チアシード入りでございます。副菜の小鉢はいくつかご用意してございますので、お好みで!そして、カズさん向かって右手にはこちら、地域限定のビール!ちなみに、遅いお中元ということでお隣さん宅提供でございましたー!」



と歯がこぼれ落ちんばかりの笑顔で”ジャーン”と御披露目した。



”バリキャリ” というワードを思い浮かべていたことを、当てられたことに、やっぱりアヤは妻なんだよなぁ。と感心するも束の間、残業と叱責のダブルスで時間は23時を指していた。



もちろん、とっくに子供は寝ている。


アヤはシングルマザーの元に育てられたため男性との接点も少なく、子供は男の子を切望していたが、神様ってのがいるのか知らぬが、産み落ちたのは幸いにも、健康体そのものの男の子だった。



食べる順番には気を付けないとね、なんて思いながら、サラダをモグモグ食べながら、ふとアヤを見ると、俺の右手の缶ビールで視線が止まったまま、ソファーから動かないでいた。



何も言わずに様子を見ると


左の頬を涙がつたっているのが見えた。


俺の疲れではない。


それは確かなものだった。



「アヤ、何かあった?」



ドレッシングを足しながら視線を逸らしてアヤの様子を伺ってみると、グスグスという音が聞こえて来た。アヤは何も言わない。



「アヤ?どした?」


「ビールのお味はいかがでしょうか、お父さん」


「び、び、びーるのおあじは、、、お父さん」



というので、和宏は箸を置いて、慌てたように一口すすって、


「うん、いい泡立ち、いい感じだよ。でも珍しいなぁ、カズさんじゃなくて、俺、お父さん呼ばわりするなんてな。まぁ、いいよね、たまにはそんな呼び方の日があってもね?」


とホッと一息つくように笑った。


すると、アヤが  うわぁーん と堰を切ったように泣き始めた。



「カズさんさぁ、あたし、子供いるじゃん、ねぇ?」


「はい、待望の男の子でしたねぇ、うん。それが?」



「カズさん、あたしね、お父さん、って呼んだこと無いんだよ。だからずっと言いたかったんだ、もし本当にあたしにお父さんがまだ居て、お母さんの側に居てくれて、いや、お母さんと暮らしてくれてて、もう、とにかくお父さんって存在に逢えるんだったら、真っ先に”お父さん”って言って、ビールのプレゼントなんかしてみたかったんだよ。」
「それがさ、お父さんって呼んだことない人間が、男の子育ててるって、どうなのかな、ハルトもあたしも可哀想に思えるのは何でかなぁ、カズさん、何でだろうねぇ…」



アヤの顔はぐしゃぐしゃになっていた。



笑顔になったり、号泣してみたり。
猪突猛進型の性格にプラスして、ジェットコースター並みの感情の振れ幅を持っていることは、結婚前から承知の上だったが、ここまでだとは正直思っていなかった。


男もホントはツライんだけどな・・・

という本音はそっと置いておいて、和宏はアヤの肩をそっと抱きしめてあげた。
すると、子供がえりしたように、収まったと思った涙がまた溢れかえして、和宏のカッターシャツを濡らしていった。少しづつ、染みるように、肩の上で水の輪は広がっていった。


気がつくと朝だった。
残り物にサランラップをするのを忘れて、アヤはソファーで、俺は床で寝てしまったらしい。
ハルトが一度もぐずらず起こされることがなかったことが、唯一幸いなことであった。



アヤの号泣を遠くから察知していたのかはわからなかったが、珍しく朝一にアヤの母から電話が入った。



アヤはケロッとした表情で

「あたしも元気だし、ハルトも元気だよー。カズさん優しいし、さすがあたしのカズさんだね。あっ、お母さん、久しぶりにお寿司でも一緒に食べにいってみる?あたしも、もう大人だよ!色々あったし、いい経験も、たーんとさせてもらったり、ロクでもない男に引っかかったり、って、もう、いいじゃん、お昼からビール飲もうよー!」


なんて、自分の母と次に会う機会を作っていた。


アヤは、アヤだ。

俺がお父さんと呼ばれることがあれば、それはハルトからだけだし。
きっと、アヤは誰に対してもお父さん、なんてもう言わないのだろう。


でも、それでいい。


それに、お父さん呼ばわりしたことない女が、立派に子供を育てられませんでした、なんてあまり聞かないしなぁ。
それは、性別を超えて人間、なのであって、子供は自分の分身だからだろう。

アヤはアヤだから、好きだから結婚もしたし、ついでに子供もできた。

それが、よかったんだ。それがいい。

さっきまで飲んでいた缶ビールの裏の製造番号下4桁のことはだまっておこうかな。

俺だけの話に。




ゼロハチサンゼロ

ゼロハチサンゼロ


嬉しいご報告、取扱店増えました

今年1月から手つかずだったこのページ、嬉しい報告からの復活です。

300部発行いたしましたが、これはなるべくならば沢山の、各地の方に読んで欲しい。

そう思いまして。

取扱店が増えました!東海、関東、関西。嬉しい限りです。

以下、取扱店リストです。

参考になさってください、そして是非手に取って読んでいただきたいです。

☆C7C(名古屋市千種区 名古屋zineカルチャーのパイオニア 今回のZINEを作製するにあたり本当にお世話になった。オーナー恩人。)
http://c7c.jp/

☆On reading(オンリーディング 名古屋市東山公園 セレクトブックショップであり全国の若手芸術家の登竜門)
http://onreading.jp/

☆Coffee please(コーヒープリーズ 移動式コーヒー店&名古屋のインフルエンサー。名古屋タカシマヤ・名古屋パルコ・三越・名鉄百貨店等の有名百貨店や全国各地の音楽フェスに多数回出店の経験を持つ)

☆Fro・nowhere<NEW!>(フロノウェア 名古屋市大須 オーナーはWWDが選ぶ敏腕バイヤー50に選出された経歴を持つ)

☆Some<NEW!>(サム 名古屋市中区 質の良い古着屋。キッズウェアも取り扱う。移動式の営業形態から本年より千代田に店舗を構える、店内イベントが活発)
http://onimaga.jp/some.html

☆Violet&Claire<NEW!>(ヴァイオレット・アンド・クレア 京都市左京区 オーナーのすみれさんはDJユニットや伊勢丹のミュージックセレクターとしてもご活躍。京都・東京のガールズカルチャーを牽引)
 http://www.violetandclaire.com/

☆タコシェ<NEW!>(東京都中野区 又吉先生お気に入りの本屋。インディペンデント誌やサブカル誌を多く取扱う)
http://tacoche.com/

☆宮本農園(愛知県西尾市 カルチャーに精通するオーナーのいる実直で愉快!な農園)

☆namo.<NEW!>(ナモ 名古屋市中区 矢場町 セレクトと古着を展開。高円寺にとって代わるようなカルチャーを確立させようとしている。zineの取り扱いは本作が初。) 限定5部です。

☆SUNNY BOY BOOKS<NEW!>(サニーボーイブックス 東京・学芸大学 古書・古本屋であり「これからの本屋」の中でオーナーのインタビュー記事あり。起業話に感銘を受け、私は、このオーナーに逢いたい!と思い東京の店舗へ行きました)

http://www.sunnyboybooks.jp/

感謝、感謝です。ありがとうございます。

文芸ZINE、って「ただの小説じゃね?」からの脱却を図りたくて作ったようなもんなんです。

アクセサリー感覚で、ストーリーを持ち歩いてほしい。

そして特に女の子に届いてほしい、心が軽くなってほしい、と思って書きました。

(もちろん、優しき男子がたも歓迎!)

お近くのお店でどうぞ。ネットでもやりとりしてくださるようです。

要チェック、宜しくお願いいたします。

2016年1月9日土曜日

”3776” 発売記念



この度 限定300部 でZINEを発売いたしました。


まさか本当に「クレオ先生」という名前で世に出ていくかとは思いませんでしたが。


お決まりの 4ケタシリーズ、ということで

タイトルは


「3776」

です。


このタイトル、あなたはどう読みますか。


サンナナナナロク


ときっぱり言い切った あなた。



いつまでも 物語の真相には出会えませんよ。 笑

違う読み方してください。


ということで


サイン会@名鉄百貨店 イベントスペースにては


サイン会なるものを なんと クリスマスデイにやり遂げまして。


無事にドキドキの1時間を終えたわけです。


そのサイン本のなかに おみくじ的要素を仕込みました。



あたしの口癖は「アイシテル」です。



「アイシテル」 と書いてあれば ふつう ←おい



「I LOVE YOU」 と書いてあれば アタリ!


あたりを引いたかた、コメントでもいいです、連絡ください。



何故 タイトルが 3776 になったのか ビハインド ストーリーをお教えします。



もちろん 読んでいただければ、そのヒントはあるのですが。



今のところ この真相を知っているのは あたしと 装丁のふないななこ女史。



そして、取扱店のオーナーです、笑



ということで、取扱店は以下の4つ。


是非、ゲットしてください。 増刷は考えていません。

限定300部、あるだけです。



<取扱店>


C7C (シーセブンシー) 名古屋市千種区 http://c7c.jp/


KINE TO USU (キネトウス) 名古屋市千種区 kinetousu.com


Coffee Please Office (コーヒープリーズ事務所) 名古屋市新栄 http://liverary-mag.com/?s=coffee+please&submit=


ON READING (オンリーディング) 名古屋市 東山公園 http://onreading.jp/



ストーリーも読んでいない段階から 快諾してくださった方達。

本当にありがとうございます。

素敵な 憧れの店舗に置いてくださることがすでに光栄です。



もとはといえば、クレオのFBにて エイプリルフールの日に

「小説家デビューしました~!」と大嘘をつき



にもかかわらず




「サイン本をくれ」

「出版社はどこでしょう」

「絶対に発売初日に書店に行きます」

「ついに やらかしたな」

「おめでとう!納得の報告」

などコメントが殺到し



ひくにひけない 状況になったわけです。苦笑

でも3776は WEBではなくて紙で 世に出すことに意味があると思い

覚悟を決めましたが、 世に放とうと決めてからは

周りの景色が ものすごいスピードで周りはじめました。


強力な協力者に囲まれ、優しく 異世界に誘導され。


気づいたら あたしが 見たい世界が手元にありました。


きっと、もう百貨店で 「サイン会」なんて 贅沢はしないのだろうと思いますが

そんなことより あなたの心に そっと納めてくださることの方が重要なので。


届いてほしい。


ふーん って言ってる君と繋がりたいんだ。


世に出す ZINE 処女作です。


どうぞ、世にあるうちにゲットしてください。


あと何部があるのかわかりませんが、宜しくお願いいたします。


クレオ先生