2130 ニーイチサンゼロ
「あと6分…お前さ…もう、間に合わないだろ」
すっかり息の上がった状態のまま、灰色の階段を駆け上がり、
横を伴走する白いコットンワンピースに視線を送り声を漏らした。
こんなポカをするはずではなかった。
決まったタイミングで笑って、決まった時間に山の手線内回りの波に乗る。
こんな生活をもう2年も続けている。
”いつ終わるの?”
と周りは僕達二人の終焉を待っている様子だったが、
当事者の俺はこの決まりきった関係すら終わらせるつもりは無く、彼女と行けるとこまで行こうと決めたとこだった。
彼女の手に目線をやると、しわくちゃの紙袋に入った沢山のサブレは滅茶苦茶に砕けてしまっていて、とても御土産と云えない状態になっていた。
開店前から並んで、やっと手に入れたサブレが俺らに
”もう終わりじゃない?”
と語りかけているようだった。
「あのねぇっ、あの時リョウがコーヒーテイクアウトでって言わなかったら、あたしが走ることなんてなかったんだからっ ばかっ」
確かにスタバに寄らなきゃ、彼女を走らせることはなかったけれど、もう、言い訳なんてする余裕もなかった。
あと4分。
改札上に光る青文字の2130の文字を目で確認すると、
すっかり顔なじみになってしまった駅員の川田さんに”ごめん、通して”と言う代わりに、軽く手を挙げると、改札のゲートが開いた。
川田さんは見送り見送られるような俺らの関係をよく識ってくれている。
前に一度だけ、彼女が上りの新幹線内でサングラスの落し物をした、と泣き喚いたときに、
”大丈夫ですよ、次に帰っていらっしゃるまでに見つけますから”
と唯一彼女をかばった駅員が川田さんだった。
「あ…っつ」
”ゲート開けて”と手を挙げた反動で左手に持っていた淹れたて熱々のコーヒーが紙コップとフタの間から漏れてリョウの手をつたっていた。
「ねぇ、ずるいよ、先に行ってって誰がお願いしたと思ってるの、待ってよ」
彼女はあたかも落し物をしたかのような表情をし、前みたいに泣き喚く寸前だった。
泣き真似なら、やめて欲しかった。
券売機前に取り残された彼女は白いコットンワンピースの上に無造作に羽織った黒のレザージャケットのポケットにある切符を探っていた。
やっとの事で切符を持つと、改札に押し込む様に通し、カツカツとヒールの音を立て、
小走りして駆け寄ってきた。
あと2分。
手に持った紙袋は裂け、いつか買ってやったネックレスは捻じれたまま、
俺の後に続こうと、彼女は転げ落ちるようにしてエスカレーターを降りた。
軽く雨でも降ったのか、新幹線は既に定位置に着いていて、窓に水滴が伝っているのがわかった。
水滴を目で捕らえたのも束の間、彼女はつんのめるようにしてドアの中に吸い込まれ、
気がつくと俺の目の前、窓ガラス越しに彼女は着席していた。
さて、ここもお決まりのパターンだ。
分かりきった関係には、決まりの別れの流れがある。
いつもなら彼女はこう話しかける。
「今日も1日ありがとう。楽しかったね、今度いつ会えるかな?また、きっとすぐだよね?また連絡するね!」
そう話しながら、iphoneを指差し、最後に彼女が手を振れば、発車のベルが鳴る。
このパターンで僕らは夜を終わらせる。いつもそうだ。
あと…もう1分もないな…
息が落ち着くのを待ちながら彼女を見ると…お決まりの台詞が始まった。
「今日も1日ありがとう!」
水滴にボヤけた窓越しの彼女は心なしか疲れているようだった。
彼女の言葉に頷くでもなく、”おぉ、またな”と、俺が眉をヒョイっと上げた表情で応えると、
彼女の表情が突如曇り始めた。
明らかにいつもとは違っていた。
「…たいよ」
「…たい」
”ん?お前、今、何がしたい、って言った?”
俺がそう言うと”あっちいけ”と言わんばかりに適当に手を振り、
使う必要のないブラインドを下げ、
電子音極まりない発車ブザーを合図についに彼女は去ってしまった。
「ったく…せっかく送ってやったのに」
「冷たいな」
すっかりぬるくなったコーヒー片手にリョウは呟き、跳ね返った言葉に彼女の姿を見た。
そうだ、俺らは似た者同士だったよ。
「…たいよ、冷たい。」
「冷たいな」
一日の締め括る彼女の言葉に、眉を上げて軽くあしらった俺に腹が立ったのだろう。
やりきれぬ気持ちのまま、いつ帰ってくるかわからぬ彼女を背に改札へと戻ることにした。
”まだ俺ら終われねぇだろ”
冷たくて、悪かったな
ニーイチサンゼロ
ニーイチサンゼロ

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