0902 ゼロキューゼロニー
あたしは、たまに突拍子もない質問をされることがある。
大切にしている偉人の言葉はありますか?とか、”生きる”ってどういう事だと思いますか?とか、究極的な質問。
これは、気が向いたら真面目に答えようと努力する。
しかしトータル的に多い質問が
”どういう人に惹かれることが多いですか?その人と友達になりたいと思うポイントは?”
というもの。
あたしが主に惹かれる人には2つタイプがある。
1. 人間臭いひと(人情味ある人)
2.愛情に代表されるカタチのない”感情や感覚”を目に見えるカタチに変えて見せるのが上手いヒト(早い話が芸術美術を生業としているヒト)
あたしが最近出逢った9月2日生まれのその人は、まさしく後者のヒトで、
ココロという扱いにくいものを、写真に撮ることで、目に見えるモノに変えていくヒトである。
初対面で多くの作品を見せていただいたけれど、自然の中で撮影されるものは、モデルの服装や背景以上に、その中に封入されている感情を覗き見したくなるものばかりだった。
”遠く見つめている先に何があるの?”
みたく、被写体の目線上、その先にあるストーリーを見たくなる、そんな感覚。
その作品の主である9.2のヒトは
一つ一つの言葉が詩的で重い。
(宙に舞うスピードは速くても)
”コーヒーの湯気が立ち上ってたり、タバコを吸う時に煙があがるでしょ、その一瞬が見たくて写真を撮っているだけ”
”街中に人間がいるのって(カメラで)撮ったときに人間が浮き出て見えて不自然でしょ、人間って自然の生き物なのに”
あたしには衝撃だった。
”出来るだけ(写真を撮ることを)生業にしたいなぁ、と思ってて”
と彼が軽く言う割には
写真を撮ることが、彼の生きる(活きる)理由である事をハッキリと自覚していたからだ。
コーヒーの湯気、タバコの煙、その一瞬を切り取る。
永遠には続かぬ日常を切り取ることが彼の生きる理由、上等ではないか。
素直に”憧れるなぁ”と素人代表のあたしは思った。
余談だが、9.2の彼に通ずることなので書き残しておく。
あたしは、東京に行くたびにやっている事がある。
東京駅から出て、雑踏の中から聞こえてきた最初の言葉を今日一日を表すテーマとする。
という、要はオミクジ的な事。
例えば、改札出てすぐに
”何線乗ればいいの?うわ、もう、行き当たりバッタリでいいよね?”
という高校生の言葉を第一声で聴いたとしたら、
あたしは
”今日一日、直感で都内を動いたらいい出来事に巡りあうかも!”と思う。
最近は親子連れ(子は幼稚園児)が
丸の内の信号を渡るときに、
母が自分の子に向かって手を繋ぎながら
”そうだよね、皆んなに知られちゃ、面白くないもんねぇ?はははー”
という第一声を取らえた。
どの様な会話の流れであったかは、最早わからない。
しかし、このオミクジ、どのようにして自分の中で消化しようか…
そう思った時、あたしの口が
”ゼロキューゼロニー”
と動いた。
おかしいな、何だこの番号。
電話番号…か?
困ったな、と思った末、思い当たったのが日付だった。
ゼロキューゼロニー。
0902.
9月2日。
最近出逢った彼の誕生日が口を突いて出たことに戸惑い、笑いそうになった丸の内kitte前。
このオミクジはきっと、あたしより9月2日生まれの彼に届けた方が良さそうだと思った。
”皆んなに知られちゃ、面白くない”.
けれどきっと彼の才能を周りは放ってはくれないけれど、彼の名が世に知れ渡る迄は、あたしの中で写真の世界観を味わい尽くそうと思う。
(これも、もはや時間の問題かもしれないけれど)
1番美味しいレストランを
自分のアジトにして
誰にも教えたくないように
人間ズルくて
彼が写真に収めた誰かのココロを
自分のものにしたいけれど
永遠に自分のものだけには
出来ないのだろう
ゼロキューゼロニー
ゼロキューゼロニー
for the person who were born in 2nd of SEPTEMBER.

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